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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3422号 判決

原告

大原正徳

ほか一名

被告

渡邉進也

ほか二名

主文

一  被告らは、連帯して、

1  原告大原正徳に対し二四五万二七四四円、

2  原告大原知江子に対し三六万五六一八円、

及びこれらに対するいずれも昭和六二年六月二六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分して、その七を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、

1  原告正徳に対し二〇三九万七三五九円、

2  原告知江子に対し七五三万二八〇一円、

及びこれらに対するいずれも本件事故発生の日である昭和六二年六月二六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に、被告渡邉に対し自賠法三条に基づき、被告会社に対し民法七一五条に基づき、被告浅井に対し民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六二年六月二六日午前五時ころ

(二) 場所 名古屋市中川区富田町大字江松字三明八二七先路上

(三) 加害車両 被告渡邉所有、被告浅井運転の普通貨物自動車(三・八八ふ七〇二八)

(四) 被害車両 原告正徳運転、被告知江子同乗の普通乗用車(名古屋五二ね二二六七)

(五) 態様 加害車両が、本件交差点東側で停止中の木下絹子運転の普通乗用車に追突してこれを押し出し、同車両の左側部分をおりから対向斜線で停止中の被害車両右前部に追突させた。

2  責任原因

(一) 被告浅井は、被告会社の従業員であり、その業務執行中居眠運転の過失によつて本件事故を惹起した(業務執行性につき甲二、甲四)。

(二) 被告渡邉は、加害車両を自己のために運行の用に供する者である。

3  損害の填補

原告知江子は、本件事故による損害につき三六万円の支払を受けた。

二  争点

被告らは、本件事故では衝突後被害車両が元の位置から移動していない等として原告らの受傷自体を争い、仮定的に次の理由で損害額を争つている。

(被告らの主張)

1 原告正徳に、本件事故後もレンタカーを借り、新車を購入するなどして自動車の運転を継続しており、これと矛盾する西川整形外科での初診時の重篤な主訴は同原告の演技によるものである。

2 原告正徳は、昭和六二年八月一〇日西川整形外科に入院したわずか二日後に同病院の盆休みということで帰宅したほか、頻繁に外泊を繰り返しており入院の必要性が認められない。

3 原告正徳は、昭和六三年二月中旬ころにはすでに毎日自動車を運転していたほか、重い荷物を持つたり右手を自由に挙上する等しており、日常生活や就労になんら差し支えのない状態になつていた。

第三争点に対する判断

一  原告らの受傷の有無について

1  本件事故の態様等

前示争いのない事故態様、甲一ないし甲六、甲八、甲九、甲一五、原告正徳本人、原告知江子本人、被告浅井本人によれば、〈1〉被告浅井は、別紙図面記載のとおり、加害車両を運転して本件交差点へと続く東西道路を時速約五〇キロメートルで西進していたが、居眠運転のため至近距離になつてから本件交差点東側で停止中の木下絹子運転の普通乗用車を発見したものの、ブレーキをかける間もなく同車両に追突してこれを押し出し、同車両の左側部分をおりから対向斜線で停止中の被害車両右前部に衝突させたこと、〈2〉原告らは、木下車が自車の方向に突つ込んでくるのを見て衝突に備える体勢を取つたため、本件事故で格別の外傷を受けなかつたこと、〈3〉この事故のため被害車両は、衝突の衝撃で左方に押し出され(正確な移動の距離は不明)、前部バンパー・フエンダー等を小破したことが認められる。

2  検討

(一) 右認定の事故態様及び被害車両の損傷の程度、後示認定の原告らの治療経過、証人吉田一郎、鑑定の結果によれば、本件事故により、原告正徳が頭頚部挫傷の、原告知江子が腰部挫傷の各傷害を負つた事実を認めることができる。

(二) これに対し、甲九六には、本件事故により被害車両は元の位置から移動していない旨の記載があり、甲三添付の「交通事故現場見取図」にも事故前後の被害車両の移動について記載がないが、同車両の損傷状況及び被告浅井の供述(同本人調書20・21項)に照らし、直ちにこれらを採用することができず、この点に関する被告らの主張は失当である。

(三) 反対に、被害車両の損傷程度につき、乙二には、本件事故で同車両の前部バンパーが左方に大きく飛び出したかのような状況が撮影されており、原告正徳も被害車両のボンネツトに大きな穴が開き、助手席のドアが開かなくなつたと供述するが、右乙二の被害車両の状況は、甲三添付写真の被害車両の損傷状況と比較しても明らかに差異があり、その部分は後で人為的に粉飾されたものと考えざるを得ず、また原告正徳の右供述も甲三及び原告知江子の供述(平成二年二月二七日付同本人調書38項)に照らし容易に信用できず、結局本件事故による被害車両の損傷は、前示のとおり小破の程度にとどまるものというべきである。

二  原告正徳のその余の受傷の可能性について

1  腰部挫傷の主訴等

原告正徳は、前示認定の頭頚部挫傷のほか腰部捻挫・挫傷の傷害を負つたと主張し、甲六七(西川整形外科のカルテ)によれば、原告正徳は、本件事故当日の昭和六二年六月二六日西川整形外科での受診の際、腰部痛を訴え、また同年七月二四日ころからは、右足関節部痛や右下肢の知覚障害を訴えるようになつた事実が認められる。

2  検討

しかしながら、この腰部痛については、甲六七に、事故直後からこれに関する具体的な知覚症状、他覚症状等の記載がない。また前示右足関節部痛や右下肢の知覚障害は、事故後約一ケ月経過後に発症したもので、事故との因果関係に疑問がある。

そして、証人吉田一郎、鑑定の結果によつても原告正徳が本件事故で腰部を負傷したか不確実だというのであり、更に甲六七、証人西川彰治によれば、同原告には、本件事故前から退行性の腰椎々間板障害があつたと認められることも総合すると、本件事故による原告正徳の腰部受傷の可能性については否定的に考えるのが相当である。

したがつて、以上によれば、本件事故による原告正徳の受傷部位とその内容は、頭頚部挫傷にとどまることとなる。

三  原告正徳の頭頚部治療の相当性及び後遺障害について

1  頭頚部に関する主訴・治療経過等及び後遺障害の鑑定結果

(一) 甲一六ないし甲三九、甲六五ないし甲六七、甲九九、甲一〇二の一、二、乙五、乙一四の一ないし一五、乙二二、証人西川彰治、原告正徳本人によれば、〈1〉原告正徳は、本件事故当日の昭和六二年六月二六日西川整形外科を受診し、その際頚部・項部・背部痛、右上肢の知覚障害を訴え、西川医師から、痛みのため頚部が各方向にまつたく動かない状態であるほか右前斜角筋部・右腕神経叢部の圧痛、上肢の反射亢進が認められると診断されたが、X線撮影では、頚部に退行性の頚椎軟骨症が認められたのみで格別の骨変化がなかつた、〈2〉原告正徳は、その後も症状の継続を訴え、同年八月九日まで通院したが(この間の通院実日数二六日)、七月末ころから入院を希望するようになり、八月一〇日から一二月二七日まで一〇九日間にわたり同病院に入院し、更に翌昭和六三年一月七日から平成元年四月一七日まで通院した後(この間の通院実日数二五四日)、同日症状固定と診断され、その際頭頚部に関しては、ほぼ同様の症状と頚椎の運動障害(前後屈各三〇度、右左屈各一〇度、右左回旋各三〇度)を訴え、スパーリングテスト・ジヤクソンテストが陽性と診断されたこと、〈3〉本件事故当時原告正徳は、名古屋市熱田区並町所在の中央卸売市場内で精肉店を経営しており、原告知江子を従業員として使用するほかは、自分一人で精肉の作業等をこなしていたが、事故から約一ケ月後の昭和六二年七月末ころ同店の権利を売却して廃業したこと、〈4〉その後原告正徳は、昭和六三年四月から五月まで大仙産業株式会社に、同年六月から平成元年一月まで及び同年三月に愛知ハム株式会社に、平成元年二月、四月及び五月はトーエーミート株式会社にいずれも精肉作業等を担当する従業員として勤務し、更に同年六月四日からは有限会社八百徳商店に食肉部門の責任者として勤務していることが認められる。

(二) そして原告正徳本人は、〈1〉右の各主訴以外に、本件事故直後には気分が悪く嘔吐したほか、これ以後右肩付け根付近に痛みを感じ、右腕が挙上不能になり、以後その症状が継続している、〈2〉同日は、その後自己の経営する精肉店まで行つたが、仕事をせずに同店の店先で横になつており、同日午後西川整形外科で受診するまでに合計三回嘔吐した、〈3〉その後入院まで、右上下肢に力が入らず立つたり座つたりする程度のことしかできない状態が継続し、精肉の仕事ができなかつたため、事故から一ケ月後の昭和六二年七月末ころ右精肉店を売却して廃業し入院せざるを得なかつた、と供述している。

(三) また中部労災病院の吉田一郎医師による鑑定中には、原告正徳の頚部の現在の症状は、〈1〉自覚症状として右頚項部痛及び頚椎の運動障害(前屈四五度、後屈三六度、右屈三〇度、左屈三四度、右左回旋各三〇度)があり、〈2〉他覚症状として右斜角筋部の圧痛、同部位の圧迫により右肩・右背部に放散痛があるほか、スパーリングテスト・ジヤクソンテストが陽性であると診断され、これらの頚部の症状が自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一二級一二号に該当すると結論されている。

そして証人吉田一郎によれば、原告正徳は同証人に対し、前示八百徳での勤務について、身体の具合如何によつては早退したり自由に休憩を取つたりできる職場である旨説明しており、このような保護的な職場環境に勤務していることを前提として、前示の後遺障害等級に関する鑑定がなされたものと認められる。

2  治療の相当性についての検討

(一) しかしながら、前示の本件事故発生から同年八月一〇日の入院時までの間の原告正徳の西川整形外科における主訴については、これと相矛盾する次のような事情を指摘することができる。

(1) すなわち、前示のとおり、原告正徳が西川整形外科の初診時に訴えていた痛みによる頚部運動障害の程度は極めて重篤なもので、症状固定と診断された平成元年四月一七日ころの運動障害(前後屈各三〇度、右左屈各一〇度、右左回旋各三〇度)の程度ですら、たとえば自動車の運転は困難であつたと考えられる(証人西川彰治・同証人調書25丁。証人吉田一郎の証言中にも同趣旨の部分がある)。

にもかかわらず、甲七〇、甲一〇一、証人西川彰治、原告正徳本人によれば、〈1〉同原告は、本件事故直後の昭和六二年六月二七日から被害車両の代車として株式会社トヨタレンタリースから車両を借り受けて七日間これを使用し、さらに入院前の同年七月一三日には(前示のとおり廃業も考える状況であつたはずなのに)、トヨタカリーナの新車を約一五〇万円で購入しており、〈2〉また西川医師が初診時同原告の頚部を引つ張つても強い痛みはなく、浮腫もなかつたため、グリソン牽引ばかりか介達牽引も継続して実施することができた事実が認められる。

(2) また原告正徳が初診時から訴えていた前示右上肢の知覚障害については、甲六七、乙五、証人吉田一郎、鑑定の結果によれば、その障害の範囲が正中神経領域から尺骨神経領域へと移り、最終的にはいわゆる長手袋型となつていることが認められるが、鑑定でも、このような障害範囲の形態は、交通事故による神経根症状では説明できず、血行障害に由来するとも考えられないとされているのであるから、症状の存在自体に疑問を差し挟む余地がある。

(3) 更に、原告正徳は、前示のとおり、本件事故直後から重篤な症状があつたと供述するにもかかわらず、甲三、原告正徳本人によれば、同原告は、本件事故が発生した昭和六二年六月二六日午前五時ころから約一時間余りその実況見分に立会い、その後自ら被害車両を運転して前示の精肉店に出勤しており、西川整形外科の診察を受けたのは、同日午後四時半ころになつてからであることも認められる。

(4) そのほか、原告正徳が西川整形外科での初診時に存在したと供述する前示の嘔吐及び右腕の挙上不能等は、甲六七にも記載がない。

(二) そうすると、本件事故発生から同年八月一〇日の入院時までの間の原告正徳の西川整形外科における痛みの程度や運動障害等の主訴には、相当誇張されたものがあると考えざるを得ないし、前示1(二)の同原告の供述も容易に採用できないといわなければならない。

そして、〈1〉右期間中の頭頚部に関する他覚的所見は、前示の右前斜角筋肉部・上腕神経叢部の圧痛程度でこれも原告正徳の訴えを前提とするものであること、〈2〉初診時からX線撮影上格別の骨変化が認められなかつたこと、〈3〉甲六五、甲六七のカルテを検討しても、入院中及び昭和六三年一月ころまでの期間において、同原告の頭頚部に関する具体的症状や他覚所見の記載が極めて乏しいこと、〈4〉同原告が昭和六三年四月から就労していること等のほか前示認定の本件事故の大きさ、甲六八、甲六九を総合すれば、前示認定の入院の必要性も疑問であり、結局原告正徳については、本件事故後最大六か月の通院加療を超える治療の相当性は認められないというべきである。

3  後遺障害の程度についての検討

(一) そして、甲一〇三の一ないし三四によれば、原告正徳は、平成元年六月から勤務についた八百徳から、基本給として同月三一万八五〇〇円、翌七月から一一月まで一ケ月四三万三〇〇〇円の支給を受けており、その後は平成二年一月にはこれが一ケ月五〇万円へ、更に平成三年四月には一ケ月五二万五〇〇〇円へと順調に昇給していることに照らせば、同社での勤務状態に関する前示1(三)の同原告の説明及びこれと同趣旨に出た乙二八の記載は容易に信用することができず、本件事故の後遺障害で右八百徳での勤務にその主張するような強い支障があると考えるのは不自然である。

(二) そうすると前示1(三)の鑑定の結論は、その前提とした稼働状況に誤りがあるからこれを採用することができず、結局原告正徳の前示症状、勤務状態等に照らせば、本件事故による同原告の頚部の後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一四級相当の程度であると結論するのが相当である。

四  原告正徳の損害

1  治療費(請求二五三万八三四〇円) 二八万五三三三円

前示のとおり、本件事故後の原告正徳の治療は、本件事故発生から六ケ月の通院加療の範囲でのみ相当性があり、そのほか現実に西川整形外科で本件事故発生の日である昭和六二年六月二六日から入院までの間に行われた通院治療の中にも、原告の過大な主訴に基づく過剰な部分があると考えるのが妥当であるところ、甲一七、甲一九によれば、右昭和六二年六月二六日から七月三一日までの三六日間の治療費として合計一七万一二〇〇円が計上されているが、右の事情からその三分の一についてのみ治療費としての相当性を認めることとし、これを基礎に右六ケ月間の適正な治療費を推計すると、次のとおり二八万五三三三円となる。

171,200×1/3×180/36=285,333

2  入院雑費(請求一〇万九〇〇〇円) 認められない。

入院の必要性が認められない。

3  通院交通費(請求八万九〇八〇円) 一万一〇〇〇円

甲一七、甲一九によれば、本件事故発生の日である昭和六二年六月二六日から七月三一日までの三六日間の通院実日数は二二日であるところ、前示1の事情から、その三分の一についてのみ通院の必要性を認めることとし、これを基礎に右六ケ月の公共交通機関の利用を前提とした適正な通院交通費を計算すると、次のとおり一万一〇〇〇円となる。

22×1/3×150×2×180/36=11,000

4  休業損害(請求六六九万五五一五円) 三九万六九六〇円

前示の治療の相当性に関する判断に照らせば、原告正徳は、本件事故の発生した昭和六二年六月二六日から前示治療相当期間である六ケ月にわたり、その労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして前示のとおり、原告正徳は、本件事故当時精肉店を自営していたものの、その正確な所得額を把握するに足りる書証が存在しないところ、原告正徳本人によれば、同原告は、旧制高等小学校を中退しており、本件事故当時五六歳であつたことが認められるから、その休業損害は、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学校卒の五五歳ないし五九歳の男子労働者の平均年間給与額三九六万九六〇〇円を基礎として算定するのが相当であり、これを計算すると次のとおり三九万六九六〇円となる。

3,969,600×0.2×6/12=396,960

5  入通院慰謝料(請求二五〇万円) 六七万円

前示認定の受傷部位・程度、適正な治療相当期間等を考慮すれば、右金額が妥当である。

6  後遺障害逸失利益(請求五三四万五四二四円) 三六万九四五一円

前示認定の後遺障害の内容及び等級に照らせば、原告は、本件事故の後遺障害により、前示治療相当期間の終了した昭和六二年一二月二六日から二年間にわたり、その労働能力の五パーセントを喪失したものと認めるのが相当であるから、同原告の後遺障害逸失利益は、前示センサスの平均給与額を基礎とし、新ホフマン係数を利用してこれを本件事故発生時の現価に引き直すと、次のとおり三六万九四五一円となる。

3,969,600×0.05×1.8614=369,451

7  後遺障害慰謝料(請求一七七万円) 五〇万円

前示認定の後遺障害の内容・等級等を考慮すれば、右金額が妥当である。

8  弁護士費用(請求一三五万円) 二二万円

本件事案の内容・審理経過、認容額等を考慮すれば、右金額が妥当である。

五  原告知江子の治療の相当性及び後遺障害について

1  原告知江子の主訴・治療経過等及び後遺障害の鑑定結果

(一) 甲四〇ないし甲六四、乙六、乙二三、証人西川彰治、原告知江子本人によれば、〈1〉原告知江子は、本件事故当日の昭和六二年六月二六日西川整形外科を受診し、その際腰部痛と下肢のだるさを訴え、西川医師から、第五腰椎棘突起部・上臀皮神経部に圧痛が認められると診断されたが、X線撮影では第四、五腰椎に若干の退行性変化が認められるのみで格別の異常がなかつた、〈2〉原告知江子は、その後も症状の継続を訴え、平成元年四月一七日まで同病院に通院し(通院実日数三七五日)、同日症状固定と診断され、その際長時間座つていると腰部痛があり、ときどき右下腿・腓腹筋に突つ張り感がある、長時間座つていると両大腿部に痛みがある、家事をすると疲れる等の自覚症状を訴えたが、アキレス腱反射等の反射は正常で病的反射もなく、格別の他覚症状はない状態で、腰椎の可動性についても軽度の運動障害を訴えていたにすぎなかつたことが認められる。

(二) そして中部労災病院の吉田一郎医師による鑑定中には、原告知江子の腰部の現在の症状は、自覚症状として常時腰部痛、右下肢のしびれ・つつぱり感があると訴えており、腰椎の運動は、疼痛のため後屈が二八度に制限されているが、アキレス腱反射の両側消失以外に他覚的神経学的所見はないと診断されており、これらの症状を前提として、同原告の後遺障害が自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一二級一〇号に該当すると結論されている。

2  検討

(一) しかしながら、甲六四、証人西川彰治、原告知江子本人によれば、同原告は、初診時に西川医師の診察を受けてからは、格別納得できるような理由がないのに、リハビリ等にかかるだけで同医師の診察を受けようとしなくなつたことが認められ、右甲六四のカルテにも同原告の具体的な症状や医学的所見がほとんど記載されていないまま治療が継続されているなど、通常の治療経過とはかけ離れた治療経過が見受けられるのである。

そして、前示の症状固定時の症状と鑑定時の症状とを比較してみると、その内容には自覚症状にも他覚的所見にも説明のつかない格差があるらか、これらの症状には、少なくとも誇張された点があるといわざるを得ない。

また前示のように、原告知江子と原告正徳が主張するそれぞれの受傷部位・内容、治療経過等に大差があるのに、両者の症状固定日が同一の平成元年四月一七日であることも、不自然な印象を禁じ得ない。

(二) そうすると、以上のほかに、前示認定の本件事故の大きさ、原告知江子の腰部傷害に他覚的所見の乏しいこと等の事情を総合すれば、原告知江子については、本件事故後約四ケ月を経過した昭和六二年一〇月末日までの通院加療を超える治療の相当性は認められないというのが相当である。

また同様の理由で、右1(一)の鑑定の結論は、その前提とした原告知江子の症状の程度(特に常時腰部痛があるか否か)に疑問があるからこれを採用することができないといわざるを得ず、そのほかに同原告に賠償を必要とする程度の後遺障害が存在することを認めるに足りる証拠はない。

六  原告知江子の損害

1  治療費(請求七六万五一八〇円) 一三万八八六七円

前示のとおり、本件事故後の原告知江子の治療は、昭和六二年一〇月末日までの通院加療の範囲でのみ相当性があり、そのほか現実に西川整形外科での同期間中の治療にも、過剰な部分があると考えられるところ、甲四一、甲四三、甲四五、甲四七、甲四九によれば、本件事故が発生した同年六月二六日から一〇月末日まで治療費として合計四一万六六〇〇円が計上されているから、右の事情からその三分の一についてのみ治療費としての相当性を認めることとし、これを計算すると、次のとおり一三万八八六七円となる。

416,000×1/3=138,867

2  通院交通費(請求一一万七四六〇円) 一万〇四〇〇円

甲四一、甲四三、甲四五、甲四七、甲四九によれば、本件事故発生の日である昭和六二年六月二六日から一〇月末日までの通院実日数は一〇四日であるところ、前示1の事情から、その三分の一についてのみ通院の必要性を認めることとし、この期間中の公共交通機関の利用を前提とした適正な通院交通費を計算すると、次のとおり一万〇四〇〇円となる。

104×1/3×150×2=10,400

3  休業損害(請求四〇八万八二八二円) 七万六三五一円

前示の治療の相当に関する判断に照らせば、原告知江子は、本件事故の発生した昭和六二年六月二六日から前示治療相当期間である一〇月末日までの一二八日間にわたり、その労働能力の一〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして原告知江子によれば、同原告は、尋常高等小学校を中退し、本件事故当時五八歳で、前示精肉店を手伝うかたわら、主婦業をしていたことが認められるから、その休業損害は、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学校卒の五五歳ないし五九歳の女子労働者の平均年間給与額二一七万七二〇〇円を基礎として算定するのが相当であり、これを計算すると次のとおり七万六三五一円となる。

2,177,200×0.1×128/365=76,351

4  通院慰謝料(請求一四〇万円) 五〇万円

前示認定の受傷部位・程度、適正な治療相当期間等を考慮すれば、右金額が妥当である。

5  後遺障害逸失利益及び慰謝料(請求合計八七万一八七九円) 認められない。

前示のとおり、賠償を必要とする後遺障害の存在が認められない。

6  弁護士費用(請求六五万円) 七万円

本件事案の内容・審理経過、認容額等を考慮すれば、右金額が妥当である。

7  損害の填補

以上の損害の合計は七二万五六一八円であるから、これから原告知江子が支払を受けたことに争いのない三六万円を控除すると残額は三六万五六一八円となる。

七  結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して、原告正徳が二四五万二七四四円、原告知江子が三六万五六一八円及びいずれもこれらに対する本件事故発生の日である昭和六二年六月二六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 夏目明德)

別紙 〈省略〉

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